イランは20日、昨年(2013年)11月の核問題をめぐる合意の履行を開始し、米国もイラン制裁の緩和に向けた手続きに入ったばかり。核問題では歩み寄りを始めた米国とイランは、シリア問題で溝を埋めることができなかった。
20日午後、突然設定された会見でネザーキー氏は、シリア移行政府樹立を定めた2012年のジュネーブ合意が和平会議の基礎なのに、イランがそれを認めないと公式表明したことを撤回理由に挙げた。
潘氏は正式な参加要請前に、イランのザリフ外相らと電話協議。「和平会議は合意を基本とし移行政府を目指すもの」との考えに同意するとの言葉があったため、潘氏は参加要請に踏み切った。
米国は「ジュネーブ合意を支持しなければイランは参加できない」との立場。イランが合意を認めると公式に表明すれば、参加に反対しないはずだったが、イランは合意を認めない姿勢を維持。潘氏ははしごを外された。
反体制派「シリア国民連合」もイランへの参加要請に反発して会議不参加を示唆。イランは重要な関係国だが、反体制派は和平会議でアサド政権と協議する当事者。反体制派を欠席に追い込めば、会議の意味は失われるため、イランの参加にこだわる理由はなくなった。