時間とは方向を持った直線上の点というだけではなく、人間の心の営みを示してもいるようだ。未来に希望を抱くとともに、不安を覚えることもある。その未来も突如として現在となり、さらには過去へと瞬時に変わってしまう。過去は記憶として残されながら、遠いものとなり続ける。来るべき未来も、確かにあった過去も、すべて心の働きがもたらしたもので、現実にあるのは直感として捉えることのできる今しかない。未来に対しては予期が続々と用意され、過去は記憶として休むことなく積み重なり、時間はいくつもの層をなしている。
東京・銀座のシャネル・ネクサス・ホールで開催中のサビーヌ ピガール写真展「TIMEQUAKES 時のかさなり」は、15~16世紀の肖像画に現代のポートレート写真を混ぜ込んで創作された50点の「写真絵画」が展示される。幾重にも折り重なった時間が示され、さまざまな記憶が呼び覚まされていく。ダビンチ、ラファエロにホルバイン、ファン エイク、そしてクルーエなど、気高い人間性をうたいあげるルネサンス期の巨匠たちの肖像画を作品の素材として敬意を込めて借用し、どこかで見たあの絵だと誰もが心に浮かべることができる。ここに私たちと同じ時代の空気を吸っている生身の人間の顔が古典の衣装をまとい、光の束として抽象的に表された東京の夜景の前に立ち現れているのだ。