先月まで住んでいた家の目の前には、道を挟んで1棟の低層マンションが建っていた。
小さな庭があるものの、坂道の傾斜のせいで、1階にある部屋はうちから丸見えの状態だった。昼間でもレースのカーテンが閉め切られており、そのすき間から観葉植物と、キリンのぬいぐるみの尻が突き出されているので、私はそこを「ジャングル御殿」と心の中で名付けていた。
こちらから見えるということは、御殿からもわが家のリビングの様子を観察できるということになる。それなのに、私は安心しきっていた。きっと、キリンのぬいぐるみの尻が「こんなものを突き出させる人が、悪い人間ではないはず」というイメージを、私に植え付けていたのだろう。
突然、無人になった御殿
ある夜、ジャングル御殿の窓からすべてのカーテンが取り払われていた。住人が引っ越しの際に消し忘れたのか、電気がつけっぱなしで、見える部屋はどれももぬけの殻だった。私はリビングの窓際に立ち、ここに越してからずっと想像していた、開かずの窓の向こう側を凝視した。