もちろん、この他にも、食った、とか、飲んだ、とか、眠った、とか、言うこともあるが、圧倒的に多いのは、思った、と、言った。である。
このことはなにを意味するのか。それは、読み狂人が、思うばかりで実行力のない、口先だけのバカ男、であることを意味しており、実に嫌だなあ、と思うのだが、しかし、中原中也の、「朝の歌」という詩のなかに、手にてなす なにごともなし。という句があることからも知れる、つまり、詩を書いたり小説を書く人間は、そもそもそういう人間なんだよ。だから、そいつらが書く小説やなんかにでてくる奴が、思ったり、言ったり、するだけなのは仕方ないんだよ。所詮は口舌の徒だからね。
なんて開き直って生きていけたらよいのだけども、そうもいかないのは、佐伯一麦の小説、『渡良瀬』を読んでしまったからで、この小説の中心に、手にてなすこと、がおもっきりあったからである。