その人は、なぜカードのことをもっとちゃんと大事にしてやらなかったんだろう、と悔やんだ。
カードはいつも自分の側にいてくれたのに、と歯を噛み締めた。
もしもう一度会うことができたら、今度はカードを絶対に幸せにするのに。その人はさめざめと泣きながら、荷解きの続きを始めた。葬儀の棺(ひつぎ)に触るような気持ちで、〈机周り〉とマジックで書かれた段ボールを開けると、見覚えのある何かがクリアファイルの陰から「ばあ!」と飛び出してきた。カードだった。
その人は、それから一生カードと幸せに暮らした。(劇作家、演出家、小説家 本谷有希子/SANKEI EXPRESS (動画))
■もとや・ゆきこ 劇作家、演出家、小説家。1979年、石川県出身。2000年、「劇団、本谷有希子」を旗揚げし、主宰として作・演出を手がける。07年、「遭難、」で鶴屋南北戯曲賞を受賞。短編集「嵐のピクニック」で大江健三郎賞を受賞。「ぬるい毒」文庫版が発売中。3月発売の文芸誌「GRANTA」に書き下ろし短編小説が掲載。