「政府が早く支援の方向性を示していれば、結論は違っていたのでは」。町内の仮設住宅に暮らす主婦(52)はやりきれない表情を浮かべる。友人を津波で失い、教訓として3つの遺構の保存を訴えてきた。
町立女川中の生徒たちも「このままでは記憶は風化してしまう。1000年後まで伝えたい」との思いを強め、2012年11月、3つの遺構の保存を町に提言した。だが、生徒らが行った町民約400人を対象にしたアンケートでは、半数以上が解体を望んでいた。「震災を思い出す」「維持費がかかる」という理由だった。
住民の意見が割れる中、町は「女川サプリメント」について、岸壁ぎりぎりにあり護岸工事の支障になるとして、解体を始めた。「江島共済会館」は将来的に国道398号のルートと重なるため、今秋までに撤去することを決めた。
「旧女川交番」は所在地が2、3年後にかさ上げされ、公園に整備される案が浮上、そのまま保存されるという。町の担当者は「活用方法を考える時間の余裕があることが保存の決め手といえる。津波の教訓を忘れないよう、町民の思いを後世に残す施設にしたい」と話している。(SANKEI EXPRESS)