初めて見たのは、まだ高校生のころのことだった。場所は、今回と同じ東京国立近代美術館であったと思う。ギトギトに塗りたくられた乳母車の中からはみ出しているのは、可愛いらしい幼児ではなく巨大な繭で、そこからへその緒のように延びた先には、巨大な脳みそが床に横たわっている。そして、どこからともなく聞こえてくる姿の見えない赤ん坊の泣き声。
こんな代物は、場末のお化け屋敷にあってもまったく不思議ではない。立派な美術品が並ぶはずの館内で、まるで妖怪のような作品に出合うとは! 若い私はまったく意表をつかれた。あれから30年の時が経ち、私も国内外でずいぶんとたくさんの美術作品を見て来たけれども、あのときのショックが完全に心の中から引くことはない。
生涯にわたって消えないであろうその記憶をかたちづくった主、工藤哲巳という名の風変わりな美術家の作品をまとめて観る機会を得たのは、それからずいぶん経ってからのことだった。1994年、当時は大阪の万博公園にあった国立国際美術館で、工藤の国内初となる大きな回顧展が開かれたのだ。