「このお花は何ですか」と声をかける。キブシ、レンギョウ、オンシチウム、ショウブ…。丁寧にひとつひとつ教えていただいた。お忙しいところをすみません。できれば夕暮れの鐘の音も聴いてみたいなどと思いながら、それはまた、次の季節の楽しみに残して境内を後にした。井伏鱒二先生の名訳を受けて、寺山修司先生はこうもおっしゃっていたではないか。
《さよならだけが人生ならば、また来る春はなんだろう》
本当になんだろう。花との出会いを前にちょっと詩人の気分だ。
≪春爛漫の百花蜜≫
鎌倉旧市街の大町地区は谷戸に沿って緑豊かな住宅街が広がる。4月は山陵部のヤマザクラが見事だし、車が走り抜ける道路の脇の小さな水路にも周辺の山肌からしみ出す水が集まり、まるで清流のほとりにいるかのような印象だ。6月の夕暮れになると、水路の上をホタルがスーッと光っては消えていく。