多彩な作品を生み出してきた作家の伊藤たかみさん。「今回、ぬるぬるした性の部分が出てきたと言われた。そういう部分を自然に書けたらいいな」。早くも今後への意欲をにじませた=2014年4月17日、東京都渋谷区(野村成次撮影)【拡大】
【本の話をしよう】
妻が出張先のホテルで死んだ。実は、男との浮気旅行だった。冷凍庫には、妻から送られたカニが残された-。芥川賞作家、伊藤たかみさん(43)の新刊『ゆずこの形見』。突然訪れた「死」を、残された者はいかに受け入れるのか。「食」という行為を通じて丁寧に描き出した。
斬新な、けれどもありえそうな設定。きっかけはある名作だった。「実は高村光太郎の『智恵子抄』がモチーフなんです。光太郎が、亡妻の智恵子が残した梅酒を故人を思いながら飲んだ、というエピソードに、『自分だったらどうする?』と思った。うちも子供がまだ小さくて、たくさん冷凍庫に総菜を保存している。梅酒だったら継ぎ足せるけど、食品だったらいつか必ずなくなってしまう。食べ終わったときに、どんな気持ちになるんだろうと」
重いテーマも気負いなし
主人公の太一が妻・ゆずこを亡くして1年がたった。幼い息子の裕樹は日々成長し、同僚の新井はがんで入院し、ゆっくりと死に向かう。そして、太一自身は新井から教えてもらった本に導かれ、夢の中で過去にたゆたう-。さまざまな「時間」が折り重なる。