苔石段の上に出て、さらにもうひとつ長い石段を上がると、山の中腹にその草庵跡と伝えられる石碑があった。
そこからもまた、上りの山道が続く。裏山の頂上付近には、南北朝時代の大塔宮護良親王の墓。後醍醐天皇の第三皇子で、鎌倉幕府倒幕の兵を率いたが、後に足利尊氏と対立して捕らえられ、鎌倉で非業の死を遂げた。その護良親王の子である日叡上人が草庵跡に堂伽藍(がらん)を復興したのが妙法寺だという。
親王の墓の付近は木々の間に少し眺望が開け、鎌倉市街地と海岸線が見える。新緑の境内を歩いている間は、深い木立に覆われて聞こえなかった町の音が、親王の墓のあたりまで上がると逆に届いてくる。
静寂と喧噪(けんそう)の不思議なコントラスト。歴史の変遷に耐え、寺社に守られ、鎌倉に住む人にも鎌倉を訪れる人にも親しまれてきた…その豊かな自然がいかに貴重なものであるか。至近の町が眼下に広がる分だけ、その奇跡が身にしみて伝わるようでもある。(文:編集委員 宮田一雄/撮影:写真報道局 渡辺照明/SANKEI EXPRESS)