けれども、その様子を見ている者が誰もいないわけではない。コの字形の壁に沿って、一段だけ高くされた通路がぐるりと設けられており、記録のためだけにしては妙に多い人数のカメラマンたちは、自由にそこを行き来して、彼らが演奏する様を自由に撮影しているからだ。
もしかしたら観客も、カメラマンたちと同じように椅子を立ってそこに昇り、演奏の様子を目の当たりにしてよかったのかもしれない。けれども、そうする者はひとりもいなかった。みな一様に、舞台上でいま、なにかが起きているかのように、90分ものあいだ前方を見続けるばかりだった。なぜ、そんなことができたのか。それは、ステージにはひとが不在であるにもかかわらず、ライティングだけは、そこに誰かがいるかのように工夫を凝らされ、終始、途切れず続けられていたからだろう。