ただし、それは緊張感ある退屈である。たしかにあの「重力放射の夜」も、見るものがなにもない以上、退屈といえば退屈ではあった。しかし、それは単なる退屈ではなかった。いつ、なにが起こるかしれない極度に緊張した退屈なのだ。ただならぬ気配が、それを弛緩(しかん)したものにすることを許してくれないからである。
怪物と退屈を共存させるため、彼らはあらゆる手を尽くす。ゆえに、ステージは1回ごとに、似ても似つかぬものとなり、演出も演奏もまったく様変わりしてしまう。バンドとはいっても、演劇やパフォーマンスはもちろん、音楽や文学、美術の要素も適宜、盛り込まれ、不要なものは音楽の鑑賞に不可欠なものであっても、容赦なく削り取られる。冒頭でかれらのことを「ロックバンド」と紹介するのに躊躇(ちゅうちょ)したのは、そのためだ。
彼らはこの手法のことを「退屈な降霊術」と呼び、「現在の僕たちの生活をどこか反映した普遍に届くことと信じています」と記している。たしかにいま、私たちはさまざまな見えない恐怖に24時間、つねに囲まれて暮らしている。コアオブベルズが仕掛ける12カ月は、そのような事態を、たしかに反映している。(多摩美術大学教授 椹木野衣(さわらぎ・のい)/SANKEI EXPRESS)