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「反復」と「忘却」の構成 現代美術にも影響 MOTコレクション特別企画「クロニクル1995-」 (4/5ページ)

2014.6.23 12:50

都築響一≪「フルーツバス停_『珍日本紀行』より》1993年(東京都写真美術館蔵、提供写真)

都築響一≪「フルーツバス停_『珍日本紀行』より》1993年(東京都写真美術館蔵、提供写真)【拡大】

  • ホンマタカシ《「東京郊外」幕張ベイタウン、千葉県美浜区》1995-1998年。Takashi_Homma,TOKYO_SUBURBIA:Makuhari_Bay_Town,Chiba,1995-1998(提供写真)
  • 小沢剛《地蔵建立_上九一色村、1995年8月10日》1995年。Tsuyoshi_Ozawa,Jizoing,amikuisshiki_Village,August_10,1995,1995(提供写真)
  • 高柳恵里《スワンの午睡》1997年(山本純さん撮影、提供写真)
  • 6月14日に行われたシンポジウム。右から南雄介、速水健郎(はやみず・けんろう)、椹木野衣(さわらぎ・のい)、佐々木敦の各氏=2014年、東京都現代美術館(原圭介撮影)

 佐々木氏も、昭和の終わり・ベルリンの壁崩壊(89年)から20世紀の終わりに(99年)挟まれた「世紀末」90年代の真ん中で大きな出来事が起きたのは、「経済だけでなく、オウムのような80年代のネガティブな問題も、臨界に達し、はじけた」と指摘した。

 とくに現代美術では91年、羽田空港ちかくの大森にオープンした大型ギャラリー「レントゲン芸術研究所」が、ネオ・ポップ・ムーブメントの拠点となり、村上隆や会田誠、小沢剛らがデビューしていった。そのムーブメントを、過去のオリジナルから情報やイメージを積極的に作品に借用する理論「シミュレーショニズム」で援護射撃したのが椹木氏だ。

 しかし95年には、バブル経済破綻の影響からくる資金不足から、レントゲン芸術研究所が閉鎖。椹木氏は「95年以降クレージーで面白い作品が少なくなった」と振り返る。一方で、95年ごろから現代美術の作品が買われる風潮、環境が整ってきたとも指摘した。

ガイド:特別企画展「クロニクル1995-」

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