フィリピン義肢装具士養成学校の卒業式であいさつをするライッサ・ローレルさん=2014年4月23日、フィリピン・首都マニラ(日本財団撮影)【拡大】
前向きな姿が与えた影響
ライッサさんと養成学校を結びつけたのは、2010年9月の悲しい事件である。当時ロースクール2年生だったライッサさんは、マニラのタフト通りで司法試験を受け終えた友人を迎えるため、最高裁判所の建物の前で待っていた。その時、突然何者かが投げつけた手榴(しゅりゅう)弾が爆発し、44人が重軽傷を負った。翌日、病院で目を覚ましたライッサさんは、両足を失ったことを知る。
アジア地域における障害者の社会参加を促進するため、1991年から義肢装具士の養成に取り組んできた日本財団はカンボジア、タイ、スリランカ、インドネシアに続き、フィリピンでの養成学校の開校準備を進めていた。その折、ライッサさんが両足を失った事件を知り、日本財団の笹川陽平会長が、見舞いにマニラの病院を訪問。その際に義足のプレゼントを約束した。
敬虔(けいけん)なクリスチャンであるライッサさんは事件後、「犯人を許したい。一命を取りとめた私には、人生の中で果たすべき役割がある」と語った。痛ましい事件に遭遇しながらも前向きな姿勢を失わなかったライッサさんのことはフィリピンで大きく報じられた。そのおかげで、あまり世間の注目を集めることがない義足の役割にスポットライトが当たり、義肢装具士の社会に対する貢献の大きさを広く知ってもらう機会になった。