「東日本大震災チャリティーオークション」にレディ・ガガ(左)が出品したガガ仕様のハローキティ。金髪にラインストーンや貝殻をあしらったスーツを着ている=2013年12月1日(提供写真)。(C)1976,2014_SANRIO_co.,LTD.【拡大】
ところが70年代後半は、サンリオが開発した星の子の双子キャラ「リトルツインスターズ(キキ&ララ)」が人気だった。
「このままじゃこの子(キティ)は生きられない、変わらなきゃと思った」と、山口さんは80年にキティ担当に就任すると、まず「サイン会」を始めた。
山口さんはファンの意見をできる限り聞いた。「いつも変わらない」「着ている洋服が一緒」「色がきつい」。いつも顔を真正面に向けたままのキティは飽きられていた。
当時、アイドルで人気だったのは、清楚で女の子らしい松田聖子だった。81年、山口さんはまず、「柔らかさやかわいさが感じられるように」とキティの輪郭線(アウトライン)をはずし、顔を少し斜めに向け、動きを出した。
次には「キティを女の子が憧れるファッションリーダーに育てよう」。82年、当時少女の憧れを集めた高価なぬいぐるみ「テディベア」を抱いたキティをデザイン。翌83年は当時洋服で流行したギンガムチェックをとり入れ、ファッショントレンドにも敏感に。85年、ついにサンリオキャラで売り上げナンバーワンを獲得した。