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進化し続ける最強キャラクター ハローキティ 40周年 (2/4ページ)

2014.7.24 15:50

「東日本大震災チャリティーオークション」にレディ・ガガ(左)が出品したガガ仕様のハローキティ。金髪にラインストーンや貝殻をあしらったスーツを着ている=2013年12月1日(提供写真)。(C)1976,2014_SANRIO_co.,LTD.

「東日本大震災チャリティーオークション」にレディ・ガガ(左)が出品したガガ仕様のハローキティ。金髪にラインストーンや貝殻をあしらったスーツを着ている=2013年12月1日(提供写真)。(C)1976,2014_SANRIO_co.,LTD.【拡大】

  • アイドルが堂々と交際宣言を始めた1999年、キティちゃんの恋人「ディアダニエル」(右)も発表された(提供写真)。(C)1976,2014_SANRIO_co.,LTD.
  • グッズ第1号の「プチパース」。このとき名前はなかった(提供写真)。(C)1976,2014_SANRIO_co.,LTD.
  • 1998年4月発売の「キティグッズコレクション」の表紙から。これが後の「ご当地キティ」の原型となった(提供写真)。(C)1976,2014_SANRIO_co.,LTD.
  • 2001年8月発売の「キティグッズコレクション」表紙では、エクステ(つけ髪)に挑戦。ヒルトン姉妹のスタイルがヒントになった(提供写真)。(C)1976,2014_SANRIO_co.,LTD.
  • ハローキティとタイニーチャムがハグ(抱擁)した人形を抱く山口裕子(ゆうこ)さん。「ファンへの感謝を伝えたい」という気持ちを込め、40周年のキャンペーンテーマを「ハグ」にした=2014年7月11日(津川綾子撮影)
  • 【ハローキティ40周年】ずっと「アイドル」として育ってきた。※画像はすべて(C)1976,2014_SANRIO_CO.,LTD.

 ところが70年代後半は、サンリオが開発した星の子の双子キャラ「リトルツインスターズ(キキ&ララ)」が人気だった。

 「このままじゃこの子(キティ)は生きられない、変わらなきゃと思った」と、山口さんは80年にキティ担当に就任すると、まず「サイン会」を始めた。

 山口さんはファンの意見をできる限り聞いた。「いつも変わらない」「着ている洋服が一緒」「色がきつい」。いつも顔を真正面に向けたままのキティは飽きられていた。

 当時、アイドルで人気だったのは、清楚で女の子らしい松田聖子だった。81年、山口さんはまず、「柔らかさやかわいさが感じられるように」とキティの輪郭線(アウトライン)をはずし、顔を少し斜めに向け、動きを出した。

 次には「キティを女の子が憧れるファッションリーダーに育てよう」。82年、当時少女の憧れを集めた高価なぬいぐるみ「テディベア」を抱いたキティをデザイン。翌83年は当時洋服で流行したギンガムチェックをとり入れ、ファッショントレンドにも敏感に。85年、ついにサンリオキャラで売り上げナンバーワンを獲得した。

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