早熟だが、体が弱い主人公。家族や書生とともに海岸で遊ぶ。水泳を嫌がり、傘の下で本を読む。やがて少年はひとり岬に向かう。森の中の別荘。オルガンの音が響いてくる。誘われるようにして別荘に入り込む。そして、美しい人と出会うのだ。
三島は戦争末期の1945(昭和20)年夏、この作品を執筆した。物資が欠乏し、新しい原稿用紙は手に入らない。倹約するため、細い文字でちびちびと書き進めていったという。執筆の最中。8月15日を迎えた。終戦。8月下旬に脱稿し、翌年、発表した。
わたしは岬を巡った。「黄昏(たそがれ)の丘」に立つ。入り江。西日を浴びてきらきらと輝く。かなた。房総のなだらかな山々が連なる。だれもいない。たったひとり。たたずむ。落陽を待つ。太陽が傾いていく。海は黄金色に染まる。ああ、見事だ。憂国の作家もまた、この情景を見たのだろうか。(塩塚保/SANKEI EXPRESS)
■逍遥 気ままにあちこち歩き回ること。