大学卒業後の2001年、日本最大のストリートダンスのコンテスト「第8回ジャパン・ダンス・ディライト」で2位に入賞した。長谷川さんは「今でも負けたとは思っていない」と振り返る。ワイルドでファンキーさを身上とするストリートダンスの世界で、当時すでにダークなテイストを漂わせたDAZZLEは異色の存在だった。
入賞によってダンススクールの講師や人気アーティストのバックダンサーの仕事も舞い込んだ。だが、SMAPのバックで踊っても満員の観客は誰一人自分に見向きもしない。むなしさを感じた。「ダンサーが輝けるのは自分たちで作品を作って、ステージで踊る瞬間しかない」。たどり着いた結論は舞台だった。
一方、大学入学以来、ダンスにのめり込んだ飯塚さんは、大学1年のとき、全国の大学のダンスサークルが集まる発表会で、当時すでにダンス界では有名だった長谷川さんの振り付けで踊った。「(長谷川さんは)憧れの存在だった」という。
それから5年、2人は再会。2006年、大手広告代理店でクリエーティブの仕事をしていた飯塚さんの参加によって、物作りのノウハウがDAZZLEに注入され、ステージを作り上げる試みが軌道に乗り始めた。