世界と戦える「誇り」
敗れはしたが、錦織が日本スポーツ界の歴史に新たな1ページを記したのは間違いない。準優勝は「誇り」という言葉を超える偉業だ。日本人が初めて四大大会に出場したのは、くしくも全米オープンの前身の全米選手権。1916年に熊谷一弥と三神八四郎の2人が挑んだ。それからほぼ1世紀。男女を合わせて100人以上が四大大会のシングルス本戦に挑み、多くは世界の強豪を相手に辛酸をなめ、日本人がファイナルの舞台に立つことなど、かつては想像すらできなかった。だが、錦織は2週間にわたって7試合で計18時間以上を戦い抜き、頂点には立てなかったが、世界と戦えることを証明した。
4回戦の激闘を制した後、錦織は「もう勝てない相手はいない」と語ったが、真実だろう。元デ杯日本代表監督の福井烈氏(57)は、「錦織はもう、(四大大会男子シングルス優勝史上最多の17回を誇る)ロジャー・フェデラーと同等の力を備えた。今回の経験は次に生きるはずだ」と話す。決勝では独特の雰囲気にのまれた錦織は「うれしいのと緊張するのとで、(前夜は)胸が苦しく寝付けなかった。これ(決勝進出)が当然になるようにしていくしかないのかなと思う」と述べた。そう、今回の偉業が実力の正当な反映以外何ものでもないことを、勝って証明し続ければ、四大大会初制覇の日は近い。次の舞台は来年1月、メルボルンでの全豪オープンだ。(SANKEI EXPRESS)