正史に向き合えぬ哀れ
持久戦論によると、戦争は3つの段階を踏む。
●(=□1)敵の戦略的進攻⇔自軍の戦略的防御 (37~38年)
●(=□2)彼我の戦略的対峙(じ) 敵の戦略的守勢 ⇔自軍の反攻準備期間(38~43年)
●(=□3)自軍の運動戦・陣地戦=戦略的反攻 ⇒敵の戦略的退却・殲滅(43~45年)
ところが、●(=□3)段階に当たる44年~45年にかけ、帝國陸軍は50万の兵力で対中戦争最大の作戦《大陸打通作戦》を実行し、戦略目的達成はともかく、作戦通りの地域を占領、勝利した。結局、支那派遣軍は45年の終戦時点でも100万以上の兵力を有し、極めて優勢だった。第二次世界大戦(39~45年)における帝國陸海軍々人の戦死者240万の内、中国戦線での戦死は46万人。日本敗北は毛が主唱する『遊撃戦』の戦果ではない。米軍の原爆を含む圧倒的軍事力がもたらしたのである。習氏は盧溝橋事件77年を迎えた7月、抗日戦争記念館での式典時、わが国をいつもの如く批判した。
「歴史の否定や歪曲、美化を決して許さない」「確固たる史実を無視している」
自国に問うべき言葉を日本にぶつけるのは、正史に向き合えぬ自信の無さ故。哀れだ。