いつもと異なる現象は続いた。噴火30分前。8合目半から200メートルほど進んだときだ。不意に卵が腐ったような臭気が鼻を突いた。「いつもよりきついな」。1キロほど西の「地獄谷」と呼ばれる急峻(きゅうしゅん)な谷ではいつもこの臭気がただよっている。「風に乗って、こちらまで流れてきたのかな」
その30分後、頂上まで残り200メートルほどの地点に立つと、薄黒い夏の積乱雲のような大きな雲が頂きを覆っていた。登山者たちは一様に、その異様な光景を見上げていた。噴煙だった。そう気づくや否や、「パチーン」と花火のような乾いた音が響いた。
山頂付近にいた登山者らは助け合いながら、急いで下山を始めた。「年配の方どうぞ!」「子供は先に!」。背後から巨大な壁のような噴煙が迫る。山小屋に逃げ込む人、さらに下る人とさまざまだった。
煙に追いつかれた。真っ暗だった。熱い砂が舞っていた。周囲で雷鳴が何度もとどろいた。じっと伏せて待った。「我慢できる限界の暑さだった」。煙が晴れた。近くにいた男性は「子供とはぐれてしまった」と再び山頂へ向かった。津野さんは近くの山小屋へ一時避難し、無事に下山した。