そして、商店の一軒一軒を回って、少しずつ夕食の材料を揃えていくのである。手間暇かける贅沢というものを知ってしまった。快感だ。頭のおしっこだって、じょぼじょぼ漏れていく。
そういえば、結婚してすぐ、私は「奥さんの中の奥さん」に憧れた。私の考える「奥さん」とは、生活する才能に恵まれた人、つまり、生活を愛し、生活に愛される才能がある人のことだった。
私の考える「奥さん」は、日常に潜むあらゆるものの魅力を最大限にひき出し、とことん楽しみ尽くすことができるのである。それは、雑誌やネットでちらほら見かける「カリスマ主婦」とは、まったく違う楽しみ方だ。例えば、カリスマ主婦がみんな、なんとなく広告の中の人物のように嘘くさいのに対し、「奥さんの中の奥さん」は他人の目などちっとも気にしない。カリスマ主婦が、おいしく華やかな料理を手際よくばばっと仕上げるのに対し、「奥さんの中の奥さん」は、野菜を細かく刻み続けるというミクロな行為の中に、宇宙(マクロ)を感じることができる。たまに、キッチンで諸行無常を理解してしまう。