小谷がようやく新しい制作に着手できるようになったのは、その後、9カ月間に及ぶニューヨークへの滞在を経た帰国後のことである。きっかけは、台湾のギャラリーから届いた、すべて新作からなる大型の個展の依頼だった。この企画に向き合うにあたって、小谷は自分の原点に戻ることを試みた。かれの最初の展覧会は、恵比寿にあった1階がカフェになっている木造の小さな併設ギャラリーで開かれた。が、そのときに発表した「ファントム・リム」は、今日に至るまで一貫して小谷の創作の芯をなす代表作であり続けている。
「ファントム・リム」とは、しばしば「幻影肢」と訳される。病気や事故でやむなく四肢を切断した際に、存在しないのに手足があるかのように感じる幻の知覚のことを指す。小谷は幼いころから、こうした幻影をめぐる話に多大な関心を寄せてきた。彫刻家としてのかれの興味も、その延長線上にある。が、実際には存在しないのだから、物質を素材とする彫刻には適さない。せいぜい、文学で表現するのが関の山だろう。だが、自分のデビューを飾るにあたって、小谷はあえて、この難しい主題を選んだのだった。