当時YouTubeが出始めたころで、海外のダンス映像に触れる機会が増えた。そこでアメリカの世界的ダンサー、ショーン・エバリストや、ジャスティン・ティンバーレイクのダンサー兼コリオグラファー(振付師)であるマーティー・クデルカを知り、「これまでの方向性が変わるくらいに刺激を受けた」と、4人は口をそろえる。当時、海外のダンサーの踊りはリズム感やノリなどにおいて日本のダンサーとはニュアンスが違うように感じられ、目指す方向が一致した4人が磁石のように引き合ってユニットを作った。
当初は自分たちがカッコイイと思う曲を持ち寄って、自分たちで考えた振り付けで踊っていたが、あるダンスイベントに出演したところ評判に。するとライブハウスやダンスイベントからオファーを受けるようになり、週末は必ずどこかで踊っていたという。さらにバックダンサーや振付師の仕事も舞い込むようになった。
ちなみに、グループ名は当初、「客が失禁するくらいいいパフォーマンスを見せよう」という思いで愛称を「シッキン」とした。しかし、響きがあまり美しくないことから「シットキングス」に変えたという。