一方で経営者らの個人責任が認められなかったことに対する不満も吐露し、今後も震災の教訓を伝える活動を続けたいと語った。
「毎日写真を見ていると、本当に笑っている顔のときと、泣き顔に近い顔と感じるときがあるんです。今日はその中間ですね」
判決後に仙台市内で開かれた記者会見。アルバイト従業員で長女の大久保真希さん=当時(27)=を亡くした原告で父の三夫さん(62)は判決を評価する一方で、笑顔の真希さんの遺影を見つめながら複雑な表情を浮かべた。
真希さんは普段から災害に備え、枕元に救助を求めるための笛を置き、動きやすい上下スエット姿で寝ていたという。人一倍用心深い娘があの日、津波からなぜ逃げなかったのか-。三夫さんが2012年4月に訴えを起こしたのは、そんな切なる思いからだった。