ただ、中井は父親にだってつらいことばかり続くわけではないとも思っている。惨憺(さんたん)たる経験談にまぎれつつも、血のつながりは特別なもので、父親と娘が分かり合える瞬間というものも必ず見いだせるというのだ。「生意気ざかりの娘さんにも、いずれは親のありがたみが分かるときがくるわけです。それが親子が分かり合い、親子の気持ちがクロスする瞬間です」。映画では多少のデフォルメが施されているものの、知っておいて損はない最高の瞬間ではないかと感じているようだ。
父の存在、意識しない
年を重ね、ますます父親役が多くなった中井だが、役作りの際、実の父親で、事故のため37歳で早世した名優、佐田啓二(1926~64年)の存在が意識にのぼることはほとんどないという。「幼いころに亡くなったので、僕はおやじのことをあまり知らないんですよ。だからいただいた父親役とおやじのイメージをクロスさせることはありません」。ただ、映画やテレビドラマでこれだけ多くの父親を演じ続ければ、時折こんな思いが脳裏をかすめることもあるにはある。「本当に最近のことですが、自分が父親を演じているときに『おやじもこんなふうだったのかな』とね」