西田の役作りは半年に及んだ。いくら本を読んで「指揮者の仕事とは何か」を理解しようとしても、イメージが容易に膨らむものではない。西田はオーストリアのヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~89年)や米国のレナード・バーンスタイン(1918~90年)といった20世紀のクラシック音楽をリードしてきた名指揮者たちのDVDを食い入るように見た。「『指揮者は何を見て、何を聞いているのだろう』。自分なりに考えた後、最終的に自分の解釈を加えて演技に臨みました」
また、専門家の指導を受けて見えてきたのは、作曲者が曲に込めた感情を体全体で表現してみせることの大切さだった。「お客さんに対しては、指揮者の背中からある種の言葉、文学をとらえてもらう。指揮者の前に居並ぶ演奏者たちには数学的なメッセージを送り、指揮棒を振る手には哲学を込めるといった具合。指揮者の体全部にそれぞれ意味があるんです。それを演奏者やお客さんに理解してもらったうえで、指揮者は起承転結を語っていく。大変な仕事だなと思いますよ」。上っ面な指揮者のまね事では、とうてい通用しないであろう過酷な役作りを西田は要求されていたのだ。