ところが大学生になって、新宿文化センターという劇場で、スペインの大変有名なフラメンコの旗手アントニオ・ガデスという人の「アンダルシアの嵐」という作品に出合って、私は腰が抜ける程感動し、生まれて初めてスタンディングしてオベーション、それも誰よりも早く一番に立ち上がって、号泣しながら痛い程に手をたたいてしまう。それはただ純粋に踊りに感動したというだけでなく、せりふもないのに、村の若い娘をさらいに来た領主を、民衆が、それも女たちがフラメンコで追い返したという日常では考えられないシチュエーションが、真っすぐ胸に響くということに驚喜してしまったのだ。
これはもうフラメンコするしかないとヒラヒラのシャツを買いに走り出す、ということには至らずに、しかしダンスは時に物語も紡げるのだと、以降ダンスの果てしなきポテンシャルに敬意を抱くようになるのである。
近藤良平氏とまた仕事できる
もちろん身の程を知っている私は、一定の距離を保ちながらダンスを鑑賞し、興奮しても立ち上がることのないように自制を繰り返す。ところが先述したコンドルズの公演を見た際に、さまざまな身体の学ラン姿の男衆が踊る先頭で、文字通りコンドルかと思う程、空を舞った近藤良平氏に一目ぼれ。身の程をすっかり忘れる。