【続・灰色の記憶覚書】
稽古休みの朝、運動がてらに長い散歩をしていると地下鉄の駅に出る。時計を見れば午前10時よりも少し前だ。東銀座まで行くのにそう時間はかからない。八月納涼歌舞伎の朝の部でやっている谷崎潤一郎の「恐怖時代」は33年振りの上演となる残酷劇と聞いて是非観てみたいと考えていたし、(中村)勘九郎さん七之助くんも出演する。また「三人吉三」で立師を務めていた中村いてうさんが今作でも立ち回りを担当するということでこれも楽しみだった。
10時15分ごろに歌舞伎座に到着。正面入口横の幕見席の列に並ぶ。いつもはどなたか関係者の方にチケットをお願いしてしまうのだけれど、唐突に観たくなったのだし、それに幕見席から一度観劇してみたかったのだ。チケットはなんと2000円。これで歌舞伎座の最上部からとはいえ、しっかりとした座席に座って観られるのだ。確かに表情などハッキリとは見えないが、せりふはしっかり聞こえるし、歌舞伎の特徴とも言える俯瞰の舞台装置を全体で眺められる面白さも味わえる。幕見席を見回すとかなりの芝居好きが観光客などの中に紛れている。小さな子供でさえ、簡単には展開しない「恐怖時代」を飽きもせずにじっと眺め、定式幕(黒、柿、萌黄色の縦縞の幕)がざ-っと閉まると拍手をしていた。あの若いお母さんがかなりの芝居通なのだろう。