真船豊の代表作『鼬(いたち)』の演出をしていると「ふるさと」というものについて思いがめぐる。時代の好機を運良くつかみ成り上がった主人公おとり(鈴木京香)も、亭主が刑務所入りして途方に暮れる2児の母でもある酒乱のおしま(江口のりこ)も、3年前に南洋に出稼ぎに行ったまま便りの一つもよこせなかったお人よしの万三郎(高橋克実)も、誰もがみんな「ふるさと」へ吸い寄せられてくる。
「ふるさと」へ引き寄せられる人々の話だからといって、お涙頂戴のメロドラマ要素は欠片もない。どす黒い欲望だらけの人々ばかり出て来る異様な芝居である。「ふるさと」へ帰ってくる者たちと、「ふるさと」で暮らし続ける人々の生命力がぶつかりあう。なのでこの劇においては、残念ながら「ふるさと」はやさしく抱きしめてくれるようなぬくぬくとした場所ではない。東北の辺境の寒村で、世間体を気にするあまりにビクビクしながら、それでいて金目のものにハエのように群がる連中ばかりのいる「ふるさと」。それでも村を捨てた者たちは、成功不成功にかかわらず、どういうわけだか戻ってくるのだ。