これは朝市のライヴ
『東北朝市紀行』は、この調子でじつに潔く初志貫徹している本だ。婆さまの話が、方言そのままで切りとられ、池田の写真が傍らに添えられる。なんてことのない会話の一部が、方言の注釈もなく、ただ文字になってページに並んでいるだけ。なのだが、これを読みすすめるうちに僕は不思議な心地よさに包まれた。そう、この本は完全な朝市のライヴなのだ。
編集を極力排したそのまんまの言葉は、その朝市の活気を真空パックにして読者のまえに運んでくる。会ったことのない人が確かに見える実感。理解できない方言だって、分かりやしないけど伝わってくる気がする。確かに考えてみれば、直接会っている婆ちゃんに向かって、「あなたの方言がわからない」なんて言う人は少ないはずだ。せっかく対面しているのなら、何とか分かろうと人は努める。その分かろうとする気持ちを携えて本書を読めば、「漬物って人の手を買うだな」とか、「親食べてれば子供食べる」など、朝市紀行ならではの格言も聞こえてくるようになるのだ。いつの間にか寒い北国の朝市の熱が自分にも伝搬していることにきっと読者は驚くことだろう。