英哲氏の強硬意見が通るのは正恩氏との関係の深さにある。消息筋によると、英哲氏は朝鮮人民軍出身で、後継者に内定する前の正恩氏の戦術面の講師を務め、「皇太子時代に軍事学を授けた帝王の師」を自任する。好戦的で論理的な話術に、正恩氏も傾倒していたという。
偵察総局は正恩氏の後継体制を見据え、2009年に朝鮮労働党作戦部や35号室(対外情報調査部)、軍偵察局など工作機関を統合し発足した。初代総局長となった英哲氏が、金正日(ジョンイル)総書記時代までは現場ごとに上げていた報告を一括し、「若い指導者の心をひく進言」を取捨選択する立場を手にした。
英哲氏は10年3月の韓国哨戒艦撃沈や10年11月の延坪(ヨンピョン)島砲撃を主導し、多大な戦果と見なされたとされる。だが、今回のサイバー攻撃では、過去の韓国の金融機関などへの攻撃と類似したプログラムが検出されたことから、英哲氏の主張とは裏腹に足が付いた。
「不満分子」が証言
拘束した米国人3人を解放するなど米朝対話を模索する中、対米関係の決裂をもたらしたことで、外務省など他部門の反発は小さくない。偵察総局内でも、海外の危険な前線任務を旧35号室など党系列の工作員ばかりに負わせるやり方に不満が高まっているという。