それから次第に、家族の顔が分からなくなっていく。12年2月、光一さんらが暮らす郡山市の介護施設に入ってわずか2週間で亡くなった。
「避難先や介護施設での生活は相当なストレスがあったと思う。知り合いもいない、全然知らない土地で亡くなったのは無念だったろうな」。光一さんは安太郎さんの心境を推し量って、こう続けた。
「震災関連死の認定を求める人はたくさんいる。その一人一人がどんな状況で亡くなったのか話を聞いてほしい。そうすれば少しは報われるだろう」
震災関連死と認められなかった遺族は、大切な人を失った悲しみとあわせ、2つの苦しみを抱えて生きている。(SANKEI EXPRESS)