佐賀藩、肥前藩、鍋島藩、現在の佐賀県が歴史的に背負ってきた名称は多様だ。この影響を色濃く受けているのが、地域全域の名産となった磁器である。江戸時代には肥前焼と総称されていたが、時代や土地に応じて鍋島焼、伊万里焼、有田焼と名前が変わる。むろんそれぞれに重厚長大な物語があり、様式も多彩、一口で総称することには抵抗を覚えるが、本記事内では混乱を避けるため現在最も知られた「有田焼」の名で呼ぶことをお許しいただきたい。
この有田焼こそが日本の磁器の始祖である。長い歴史の中で巨大な樹木の枝葉のように広がり、現在のような産地へと姿を変えた。タイムラインは400年間にも及ぶ。有田焼が生まれる現場では、多くの人々が今でも個別のスタンスで作陶を行っている。素材となる石を厳選し丁寧に破砕する、職人が丁寧に形作り絵付けを施す、窯を焚(た)きしめごうごうと器を焼く、こうした昔より連綿と続く営みの中から生まれる品々に、私自身も魅了され続けてきた。