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人間の本質、皮肉り蹴飛ばす 舞台「禁断の裸体」 内野聖陽さんインタビュー (2/3ページ)

2015.4.5 15:30

実力派俳優、内野聖陽(せいよう)さん。文学座の同期生である寺島しのぶさんとの舞台共演は7年ぶり。「『同志』は言い過ぎだけど、同じ演劇用語は持っている」=2015年3月11日、東京都渋谷区(野村成次撮影)

実力派俳優、内野聖陽(せいよう)さん。文学座の同期生である寺島しのぶさんとの舞台共演は7年ぶり。「『同志』は言い過ぎだけど、同じ演劇用語は持っている」=2015年3月11日、東京都渋谷区(野村成次撮影)【拡大】

  • 舞台「禁断の裸体」(三浦大輔演出)。(東京)4月4~25日公演(●(=さんずいに首)忠之さん撮影、提供写真)

 「禁断の裸体」が書かれた1960年代のブラジルは、カトリック大国でありながら軍事独裁政権下にあり国民の不満が鬱積、政情が不安定だった。作品には当時の混沌(こんとん)とした世情が反映されており内野は「最初はよく分からない部分があった」と打ち明ける。

 演出の三浦がブラジルを視察、試行錯誤の末、シンプルに物語をたどる方向に舵を切った。「あらゆるものを皮肉って、蹴飛ばして笑うのがネルソンの視点。人間は動物と同じじゃないかと。結局は男と女のシンプルな関係を描いている。エルクラーノは愚かで節操がない。でも見ていてほほ笑ましい。結局は人間ってそういうものだという、ラテン的な爽快感もある」

 「俯瞰する目持ちたい」

 舞台の宣伝写真では、内野ら主要な登場人物が身体をさらけ出し、見る人を挑発するような鋭い視線を向ける。カトリックの教えに忠実であろうと本当の自分を押さえ込んでいたエルクラーノの行動に、内野は日本社会にも通じる普遍性を見る。「例えば会社のルールを守ることにがんじがらめになって、自由な発想や考え方が奪われるのは愚かしい。人間のために作られたルールが、人間を抑圧するツールになってしまうのは何か違うように思う」

40代後半… 今後は「自分を俯瞰する目を持ちたい」

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