毎年7月6日にお祭り
ユトランド半島南部のスレースヴィ・ホルステン両公国の帰属をめぐり、ドイツ連邦の支援を受けた両公国の軍隊は1849年、半島を攻め上り、フレデリシアを包囲した。デンマーク軍は劣勢にもかかわらず、陽動作戦や夜間の突撃を行い、7月6日、兵士1700人の命を犠牲にしながらも撃退に成功し、勝利した。
デンマークの戦争史上、最も有名な勝利の一つとなり、国民は歓喜した。この勝利のおかげで、スレースヴィ・ホルステン両公国の帰属問題はしばらくは落ち着きを見せた。もっとも、両公国は1864年、プロイセンの鉄血宰相・ビスマルク(1815~98年)の手によって、プロイセンに帰属することとなる。しかしながら、フレデリシアでは、現在でも毎年7月6日、勝利を祝って祭りが開かれている。
現代的街並みへ
町はその後、次第に要塞の価値を失い、1909年からは狭い城内から城外へ移って住居を設けることが認められ、市域は拡大していった。
フレデリシア市の人口は現在、約5万人。首都コペンハーゲンから橋と島を通って横断してくる高速道路とユトランド半島を縦断する高速道路がT字形に交わる国内最大の交通の要衝として、工場の誘致も進み、発展し続けている。