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ニュートン、女王戴冠記念メダルを自らデザイン 政治宣伝に加担、手書きノートで判明 (2/3ページ)

2015.5.11 06:50

アン女王(1665~1714年)の戴冠を祝して鋳造された記念メダル。(C)Trustees_of_the_British_Museum

アン女王(1665~1714年)の戴冠を祝して鋳造された記念メダル。(C)Trustees_of_the_British_Museum【拡大】

  • 1712年に出版されたアイザック・ニュートン(1643~1727年)の肖像画(英ナショナル・ポートレート・ギャラリー所蔵)
  • 1705年に描かれたアン女王(1665~1714年)の肖像画(英ナショナル・ポートレート・ギャラリー所蔵)

 2人の「敵」暗示

 2つの脅威とは、太陽王と呼ばれた宿敵、フランスのルイ14世(1643~1715年)と、亡命先のフランスから王位を虎視眈々と狙う「ジェームズ老僭(ろうせん)王」と呼ばれたジェームズ・スチュアート(1688~1766年)の2人で、2つの“敵”はつながって女王を脅かす存在となっていたことを暗示した図柄だったという。

 アン女王は、父親で1688年に名誉革命によって王位を追われフランスに亡命したイングランド王ジェームズ2世がもうけた異母兄弟のジェームズ老僭王と、王位の正統性をめぐって争っていた。

 ノートによると、メダルは、金と銀の2種類鋳造され、金メダルは「質の高い人たち」に贈られたが、安い銀メダルは、戴冠(たいかん)式に集まった群衆たちに投げ与えられたという。

 商売の熟練者

 ノートを発見したホーンさんは「ニュートンは、現代のように自然科学と人文科学を分けて考えてはいなかった。ノートは、ニュートンが自らを科学者だと思ってはおらず、たくさんの商売の熟練者と位置づけていたことを示している。彼が偉大な科学者だというのは、後世の人による解釈で、彼は自分を公僕に近い存在だとみていたはずだ」と指摘した。

ナイトの称号を授けられたニュートン

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