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あいさつは「最高の武器」 萩原智子 (2/4ページ)

2015.6.8 14:50

シドニー五輪の200メートル背泳ぎ準決勝で2位のタイムを出し決勝進出を決め、スタンドに手を振る萩原智子さん。五輪を目指すなか、いろいろな人の出会いが支えになった=2000年9月21日、オーストラリア・シドニー(川村寧撮影)

シドニー五輪の200メートル背泳ぎ準決勝で2位のタイムを出し決勝進出を決め、スタンドに手を振る萩原智子さん。五輪を目指すなか、いろいろな人の出会いが支えになった=2000年9月21日、オーストラリア・シドニー(川村寧撮影)【拡大】

  • シドニー五輪の200メートル背泳ぎ決勝での萩原智子さんの泳ぎ。2分11秒21で4位になった=2000年9月22日、オーストラリア・シドニー(共同)
  • 【笑顔のアスリート学】萩原智子さん。1980年4月13日、山梨県生まれ。身長178センチの大型スイマーとして、2000年シドニー五輪女子200メートル背泳ぎ4位、女子200メートル個人メドレーで8位入賞。02年の日本選手権で史上初の4冠達成。04年にいったん現役引退し、09年に復帰。子宮内膜症、卵巣嚢腫(のうしゅ)の手術を乗り越え、現在は講演、水泳教室やキャスターなどの仕事をこなす=2007年7月17日(提供写真)

 出会いが刺激に

 ひとつのスポーツに没頭すると、知らず知らずのうちに行動範囲が狭くなってしまうことが多い。私もオリンピック出場を目指している中で、生活範囲が自宅、学校、プールだけになっていた時期があった。そういったときは当然、毎日接する人もほとんど変わらない状態である。しかし困ったことも不便なこともなく、自分自身の視野が狭くなっていることにすら気がつかなかった。そんな時、私の記録が伸び悩み、4年間もの長い大スランプに陥ったのだ。苦しい時間は、孤独を感じる時間でもあった。

 そんな私を支えてくれたのは、積極的なあいさつで知り合った指導者や仲間、友人たちの存在だった。これまで学校で話したことのなかった同級生との会話や、インターハイのボランティア学生との出会い、他競技の指導者との交流、競泳以外の練習への参加、友人のすすめてくれた本、それまで読まなかった新聞…。さまざまな分野で頑張っている人たちの存在の影響から、ほんの少しだけでも視野を広げることができたことで、気がつけたことがたくさんあった。どんな小さな出会いでも、出会いは自分に刺激を与えてくれた。振り返れば出会いは自分自身と向き合う時間でもあり、自身を成長させるチャンスでもあった。

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