衆院平和安全法制特別委で意見を述べる宮崎礼壹・元内閣法制局長官。「集団的自衛権の行使容認は限定的と称するものも含め、従来の政府見解とは相いれない」と主張した=2015年6月22日、国会(共同)【拡大】
しかし、中国が発信する“平和”を国外の危険因子だとするのなら、国内で生産される「平和」もまた、危うさをはらむ。沖縄戦で大日本帝國陸海軍の組織的戦闘が終わった6月23日を起点に、広島・長崎への原爆投下を挟み8月15日の終戦記念日まで、日本はお盆とも重なって「平和への祈り」一色になる。平和は尊い。御国のために散った方々に感謝し、思いもはせなければならぬ。ただ小欄は、中国が対日軍事行動を起こすとすれば、平和を観念的にとらえるだけで思考停止する「日本の夏」か正月だと観測する。
「平和憲法・専守防衛」を叫べば侵略されないと信じる日本人は、“平和”を公言する中国人に似る。心の中が凶暴か否かの違いはあるが、どちらも実体を伴わぬエセ平和なのだ。
ところで、沖縄県の翁長雄志知事(64)は23日、沖縄全戦没者追悼式で「平和宣言」の場を利用して、米軍基地反対の政治演説をぶった。知事は、中国に都合よい人物に授与される中国版ノーベル賞・孔子「平和」賞の有力候補になるかもしれない。(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI EXPRESS)