「故郷に帰って野球をやります」。2年ぶりのインタビューは衝撃の言葉から始まりました。同い年の藤川球児投手。34歳。今季途中、米大リーグのレンジャーズから予期せぬ戦力外通告を受け、帰国していました。
これまで日本人大リーガーがシーズン中に日本に戻って移籍先を探した前例はなく、野球界全体がその動向を注視。その中で、在阪スポーツ紙を中心に報道が先行していた古巣・阪神への復帰ではなく、他のプロ球団でもなく、右腕は独立リーグ「四国アイランドリーグplus」の高知ファイティングドッグスから再出発する道を選んだのです。
メジャーで厳しい現実
猛虎の絶対的守護神だった藤川投手の渡米は2013年のことでした。カブスでの最初のスプリングキャンプには、私も取材に足を運び、オープン戦での初セーブも見届けました。「心身ともに、まだ、もっと良いもが出せるよ」。その言葉を聞いたときに想像した前途とは、まったく違う足跡を歩んでいくことになりました。
1年目の途中に日本時代からの疲労蓄積なのか、右肘が悲鳴を上げ、靭帯(じんたい)断裂。メスを入れました。カブスでの2年間はほとんど満足な働きができず、今季から新天地のレンジャーズに活躍の場を求めました。しかし、調子が上がらないまま、開幕間もない5月に戦力外通告という厳しい現実が待っていました。