「投げる自信ある」
阪神ファンなら誰もが知っていることですが、彼のプロ野球人生は最初から順風満帆なものではありませんでした。
1998年秋、「松坂世代」のドラフト1位で阪神に入団しました。しかし、名将・野村克也監督の下でなかなか芽が出ませんでした。定まらないフォーム、肩の故障…。チームも成績が低迷する「暗黒時代」でした。同世代の活躍とは対照的に、彼はプロ入りから6年で背番号が3度も変わりました。
苦しい時期を乗り越え、彼は2005年のリーグ優勝時にチームに欠かせないセットアッパーとなり、その後に守護神へと駆け上がったのです。そして、苦しい時代に応援してくれたファンや支えてくれた指導者、家族のことを決して忘れていません。感謝の思いが乗り移った剛速球こそが、打者がまっすぐがくるとわかっていてもバットにかすることすらできない「火の玉ストレート」なのです。
だから想像ができます。彼が高知を選んだのは、必要とされ、応援してくれる人がいるからなのです。そして、もちろん、このままで終わるはずがありません。