村松亮君がいじめを苦に自殺した問題で、謝罪する中学校の校長(左)ら。いじめは度々国会でも問題になるが、現実から目をそらす観念論が先行する点で集団的自衛権に関する審議に似ている=2015年7月13日、岩手県紫波郡矢巾町(共同)【拡大】
学校生活の調査(5月)にも村松君は「悪口を言ったり、仲間はずれにしたり、暴力をふるう人がいる」と訴え、担任が「仲裁」。その後、村松君が記録ノートに《次やってきたら殴るつもり》を書き込むと、担任は《なぐるのはダメです。先生が代わりに言います》と返書した。担任がどの程度強くたしなめたのかは定かでないが体罰はご法度。そこをイジメ集団は見逃さない。抵抗した村松君に一旦たじろいだイジメ集団は「向かうところ敵なし」を再確認。6月に入り、いじめを復活させ村松君を絶望のふちに追い詰めた。以降、記録ノートには《死にたい》などの記載が増える。
団結にひるむ侵略国
残念だが、子供社会は時に国際社会同様、残酷な顔をのぞかせる。侵略国は決死の覚悟で抵抗しそうな国には躊躇するが、イラク戦争時のクウェートの如く国防を怠ると、容赦なく乗っ取る。国連は大国の利害が交差し無力、主要民主主義国家も民主主義故に軍事行使をためらい、話し合い解決を目指す-と見切ると、侵略に着手する。当初こそ、国際の反応を見極めるべく侵略には自制を利かせるが、実力行使に打って出られぬ情勢を再確認するや、侵略をエスカレートさせる。