衆院平和安全法制特別委員会の中央公聴会で自説を述べる法政大学法学部教授の山口二郎氏(左)=2015年7月13日、国会(斎藤良雄撮影)【拡大】
集団的自衛権の解釈幅
前述した「集団的自衛権の行使を否定していた日本は、ベトナム派兵など考慮する必要もなかった」という、ベトナム戦争と集団的自衛権との関係にしても小欄の認識とは異なる。《ベトナム戦争激化は、自衛隊派遣を懸念する世論におもね、膨張する革新政党との無難な国会運営に引っ張られた自民党政権が、集団的自衛権の解釈幅を狭め始める起点となった》と改めるべきだ。
集団的自衛権は全面的に否定はされていなかった。むしろ現在、安倍晋三政権が国会で説明する《限定的容認》は長い間、政府見解であり続けた。例えば、1960年の法制局(現・内閣法制局)長官答弁。
「密接な関係のある他の外国が武力攻撃を受けた場合(略)外国へまで行ってそれを防衛する(略)ことがいわゆる集団的自衛権の内容として特に理解されておる。この点は(略)憲法ではやはり認められていない」
以上は、安倍政権も国会で繰り返し説明している主旨だが、以下の長官答弁もまた、安倍政権の主張と同一線上に在る。
「安保条約におきまして、米国に対して施設区域を提供致しております。(略)米国が他の国の侵略を受けた場合に、これに対してあるいは経済的な援助を与えるようなこと(略)を集団的自衛権というような言葉で理解すれば、こういうものを私は日本の憲法は否定しておるものとは考えません」