夏-。九州・八幡(福岡県)に帰省した。ひと夜。山間部の河内地区で農作業をしながら暮らす友人宅を訪れた。県立八幡中央高校の同級生。元銀行マンである。酒を酌み交わし、近くの河内貯水池をめぐる興味深い物語を聞いた。
1919(大正8)年、官営八幡製鉄所(現・新日鉄住金)の工業用水を確保するため、河内ダム建設工事が始まった。現場責任者は、沼田尚徳(ひさのり)。水戸市出身。京都帝国大学卒業後、技師として八幡製鉄所に着任した。故郷を遠く離れて。
土木は悠久の記念碑-。彼の持論だった。構想は雄大。美学を貫いた。ダムは堤高44メートル。堤長189メートル。表面をすべて切り石で覆った。中央に半円型の取水塔。欧州の古城のようだ。ダム湖周辺に5橋を建設した。それぞれ造形に趣向をこらした。また、河内貯水池周辺は緑地とし、将来、市民の憩いの場となるよう配慮した。
工期は長期間に及ぶ。監督官庁の役人は「工業用水確保のため、工事を急がねばならんのに。(沼田は)公園でも造る気か」と非難したそうだ。
彼は役人の叱責など気にしない。当初の構想通り、悠々と工事を進め、8年の歳月をかけて完成した。