悲しい出来事もあった。妻、泰子はしばしば差し入れを持って工事現場を訪れ、作業員たちをねぎらった。ある日、病に倒れた。作業員たちは神社に参拝して回復を祈ったという。しかし、工事完成を前にして死去。沼田は愛妻の内助の功に感謝し、ダム湖畔に石碑を建立した。
もうひとつの物語。工事現場で機関車が活躍した。完成後、機関車は解体され、くず鉄として処分されることになった。若き機関士は機関車の悲惨な末路に憤った。台風の夜、機関車をひとりで動かし、湖底に沈めたという。
翌朝。友人の案内で河内貯水池を逍遥した。河内は桜の名所だ。少年時代、わたしは幾度も花見に来たが、歴史の舞台として認識したのは初めてだ。
沼田が建てた「妻恋の碑」。高台にあった。眼下に貯水池。満々と水をたたえている。友人に聞いた。どのへんに機関車が沈んでいるのか。彼は静かにいった。「それはだれも知らない」。吹き来る風が心地よい。(塩塚保/SANKEI EXPRESS)
■逍遥 気ままにあちこち歩き回ること。