オマル師は1960年、南部カンダハル州に生まれた。80年代にムジャヒディン(イスラム戦士)として、アフガンに侵攻した旧ソ連との戦闘に従事。その際、右目を失った。垂れ下がる眼球を手で引きちぎり、血をぬぐった壁が「聖跡」として残されたという。
独自の解釈に基づくイスラム原理主義で、内戦が続いていた90年代半ばに頭角を現し、瞬く間にほぼ全土を支配下に置いた。社会に秩序をもたらした“カリスマ”は一時、民衆から「救世主」と歓迎されたが、後の恐怖政治で多くの国民は苦難を強いられた。
96年には宗教上の最高指導者を意味する「アミル・モミニーン」に。タリバンは支配地域を広げ、イスラム教の厳格な適用を掲げて宗教警察を使った恐怖政治を敷いた。
反タリバン勢力との戦闘も続き、国土は荒廃。多くの難民が生まれ、国民は飢餓にあえいだ。2001年3月には中部バーミヤンの大仏を破壊し、世界から非難された。