生存者の一部は、墜落後に左翼部分から出火したと説明。左側に座っていた川村機長と早川さんが犠牲になった可能性があると捜査本部はみている。
事故の一因になった可能性がある事実は、これまでにいくつか判明している。
小型機の整備・管理を行う日本エアロテック(調布市)などによると、小型機は事故4日前の7月22日、燃料を満タンにして約40分間飛行。その後、川村機長が国土交通省に提出した事故当日の飛行計画書には、調布飛行場-大島空港の片道の飛行時間(約1時間)の5倍にあたる5時間分の燃料を積載していると記載されていた。
小型機自体の重さは1245キロ。燃料の重量は約280キロあったとみられ、搭乗者5人の体重などを加えると、小型機のマニュアルで離陸可能な限界とされる最大重量(約1950キロ)を超えていた疑いもある。
また、小型機は調布飛行場の滑走路(全長約800メートル)の端まで走行し離陸。機体が最大重量に達し、気象条件が事故当日と同じ「無風」「気温34度」の場合、安全な飛行のために必要な滑走距離は約950メートルとされ、距離が足りていなかった可能性もある。
捜査本部は住民らが撮影したビデオなどから、小型機が高度が上がらないまま低空飛行していたことなどを確認。離陸直後にエンジンの出力不足など何らかのトラブルが起きた疑いもあるとみている。