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【終戦70年】「若者は公のために生きてほしい」 (2/4ページ)

2015.8.16 09:00

8月15日、日本武道館で開かれた全国戦没者追悼式。参列した遺族の高齢化がいっそう顕著になった=2015年、東京都千代田区北の丸公園(共同)

8月15日、日本武道館で開かれた全国戦没者追悼式。参列した遺族の高齢化がいっそう顕著になった=2015年、東京都千代田区北の丸公園(共同)【拡大】

  • 戦没者追悼式に参列した南颯翔(はやと)君=2015年8月15日、東京都千代田区の日本武道館(石野哲郎撮影)

 文隆氏は米国留学経験があり、世界情勢に明るく、祖国への思いも強かった。ある日、思い切って戦況について尋ねた。文隆氏は「勝負はついた。誰かが止めなければいけないが、陛下以外にはいらっしゃらない」と即答した。当時は口にするのもはばかられる話題。「日本は敵を知らず、防御することもせず、戦争に突入した。米国は日本を相当研究しているぞ」。諜報や情報収集力の重要性を切々と説いたという。

 文隆氏は首相候補として将来を嘱望されていたが、戦後シベリアに抑留され、亡くなった。

 「教えを請おうと復員を待っていた。惜しい人を亡くした」

 瀬島龍三氏に学ぶ

 戦後、生きる目的を失った。だが、同郷で後の首相の岸信介(のぶすけ)氏に「これからは復興に尽くせ。そのために商社に入れ」と諭された。

 32年、伊藤忠商事に入社。シベリア抑留後に伊藤忠商事に入った元大本営作戦参謀で後に伊藤忠商事会長を務めた瀬島龍三氏と交流した。瀬島氏から、海外での交渉や人事で意見を求められたこともあった。「卓越した情報収集力と状況判断能力、空気を機敏に読む人で、よう勉強させてもらった」

多くの人が祈りをささげた靖国

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