両国の水面下の交渉が始まったのは、法王が就任してから3カ月後の13年6月。08年に就任したラウル・カストロ国家評議会議長(84)は、経済再建のため米国との「文明的な」(オルテガ氏)関係を望んでいた。
一方「敵との対話」を掲げるオバマ氏も、外交上の「レガシー(遺産)」を残したい思惑があったとされる。
影響力回復の思惑
法王はバチカンでオバマ氏に「中南米諸国は団結して(米国によるキューバへの)経済制裁を拒絶している。もしここで解決しなければ、米国と中南米の距離は縮まらない」と畳み掛けたという。オバマ氏は最終的に歩み寄りを決めた。
冷戦期に米政府は、1959年のキューバ革命に続く社会主義政権の誕生を阻止しようと、中南米諸国に露骨に介入。法王の母国、アルゼンチンでは、軍事政権が左翼勢力を厳しく弾圧した。