VWが、史上最初で最後といわれるほど過酷だった総延長250万キロ前後もの走行試験に耐えたのも、神魂のなせる業。試験を担任したのは悪名高きナチスの治安・武装組織=親衛隊(SS)だった。蛮行とは対照的にセンスへの評価が高いSSの制服などは、後に独有名ブランドへと成長する《ヒューゴ・ボス》が手掛けた。モノづくりは時に、悲劇とともに進化する。
ポルシェ博士はVW以前にも、電気自動車や電気&ガソリンで動く今流行のハイブリッド車、メルセデス・ベンツの伝説のスポーツカー《SS》やルパン三世の愛車《SSK》などを生み出した。意志は息子に引き継がれ戦後、ポルシェ社により《ポルシェ356》はじめポルシェ・ブランドが誕生する。
ポルシェ博士は戦時中、軍需大臣直属の《戦車製造委員会》の委員長に任じられる。数々の戦車開発に加わったが、中でも開発を秘匿すべく可愛らしく命名された《マウス=子ネズミ》は化け物。総重量188トンで、砲塔部だけで重戦車の自重並みの55トンも有った超重戦車だった。余りの重さに橋を渡れず、渡河に際しては潜水して川底を進む。主砲も当時の駆逐艦級の口径だった。小欄の知る限り、この重さを超える戦車は今なお地球上に現出せぬ。マウス開発は重装甲至上主義者のヒトラーの存在に加え、ソ連が“後押し”した側面が有る。