ヒトラーはまた、外国のレーシングマシンにも勝とうと、ポルシェ博士と国内他社を競わせた。こちらの背景もキナ臭さを伴う。「2人の独裁者による国威発揚レース」とでも言っておく。「2人」の片割れはイタリアの独裁者、ベニート・ムソリーニ(1883~1945年)。レースの発信力を理解できたムソリーニは1000マイルレースを企画し、強豪《アルファ・ロメオ》を国営化するなどドイツの先を走っていた。ところが、博士はスーパーチャージされた16気筒エンジンをドライバーの後ろに搭載する《Pワーゲン》で対抗。自姓の頭文字をあしらった「技術の塊」は常勝イタリアを完膚無きまでに圧倒する。
「月面車」設計にも応用
渦中のVWが世界最高峰のレースF1(フォーミュラ・ワン)に参戦するとの見方が最近、浮上したことはいかにも皮肉だ。しかも昨年、各国の公道を電気自動車が200キロ超で疾駆する、環境に優しい《フォーミュラE》も始まった。ポルシェ博士は1900年、20代半ばで平均時速40キロという、当時最速の電気自動車を開発→既に行われていた電気自動車部門レースにおいて、新記録で優勝した。前述したが、内燃機関で発電し、その電気でモーターを回す戦車に使われた駆動方式は、電気自動車の応用過程で培われた。非力な蓄電池を補い、走行距離を延ばすためのハイブリッド技術は芽生えていたのだ。